旅のエッセイ

12-25.12.19『ヨガは痛くても頑張るべき? リシケシで気づいた骨格の限界と身体の声』

リシケシでのヨガ修行中、連日の痛みに疑問を抱く。「痛くても頑張る」ことは本当に正しいのか? 筋肉の痛みと骨格の痛みの違いに気づき、自分の身体の声を聞くスタイルへシフトした日の記録。
旅のエッセイ

12-25.12.18『盗られたら盗り返す? リシケシの共同キッチンで起きた事件と亀裂』

リシケシの宿で共同キッチンの食材が盗まれる事件が発生。怒る彼がとった行動は。「負の連鎖」を巡る口論と、埋まらない価値観の溝。
旅のエッセイ

12-25.12.17『非日常も日常も紙一重。「暮らすように旅する」リシケシ滞在と、これからの旅の形』

このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。 当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。 あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような...
旅のエッセイ

12-25.12.16『ヨガの「三点倒立」が怖い! 大人は体育がないのが良い』

リシケシでヨガ修行中。三点倒立(ヘッドスタンド)への恐怖心が拭えない。小学校の体育のトラウマと、「できる気がしない」先入観。「仕組みを理解すればできる」はずだけど。。。
旅のエッセイ

12-25.12.15『「歌う」or「考える」論争。リシケシで買ったシンギングボウル』

リシケシでシンギングボウルを購入。鐘の音色から「Singing(歌う)」だと思っていた私と、瞑想に使うから「Thinking(考える)」だと思っていた彼。いい音を奏でられるよう練習をしながら 繰り広げた論争エッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.14『「ぴっ」』

ムスリーの中にハエを見つけた私の対応は「ぴっ」と捨てるだけ。虫とのシェアハウスを経たバックパッカーの逞しさと、衛生観念の変化(と帰国後の揺り戻し)を描くショートエッセイ。
フォトウォーク

銀座・築地・月島をぶらりフォトウォーク

写真とは…を考えることができた、濃すぎた1日。 銀座からスタート。 この日を迎えるまでにあれこれ銀座の歴史を調べていたら、なんだか切なくなってしまって、今だけにピントを合わせずに、ぼんやりと昔の想いや空気感も感じながら写真におさめたい...
旅のエッセイ

12-25.12.13『リシケシでの「生活」とオクラ丼。何もしない一日はなぜあっという間なのか』

リシケシでの滞在も板につき、観光ではなく「生活」を始めた日々。自炊やヨガで一日があっという間に過ぎていく不思議。オクラ丼を見た西洋人の反応や、仕事・結婚と「時間の密度」についての現在の考察を綴るエッセイ
旅のエッセイ

12-25.12.12『リシケシで手に入れた225ルピーの至宝』

リシケシでのヨガ生活2日目。ひどい筋肉痛だが身体を伸ばす気持ち良さに気づく。一方、宿での自炊生活は調味料不足とキッチン争いで限界に。225ルピーで手に入れたキッコーマン醤油で作った「野菜の素揚げ」に歓喜するエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.11『サボった代償。スパルタ指導と、帰宅後の悲劇』

リシケシでヨガを再開した翌日、起き上がれないほどの激痛に襲われる。しかしレッスン中はアドレナリンが出て動けてしまう不思議。1人では甘えてしまう自分と、適切な負荷をかけてくれる先生の存在について考えたエッセイ。