旅の日記

旅のエッセイ

13-26.01.04『「No no 50ルピー♪」 リキシャの兄ちゃんが歌った嘆きの歌と、バラナシ駅への深夜の攻防』

夜行列車でゴーラクプルへ向かうため、深夜のバラナシ駅へ。オートリキシャのストライキ中、足元を見てくる人力車との値段交渉バトル。「降りるフリ」で対抗するバックパッカーの駆け引きと、悔し紛れに歌い出した運転手とのコミカルな結末。
旅のエッセイ

13-26.01.03『消えたリキシャのじいちゃん。言葉の壁とコミュニケーション』

バラナシで駅へ向かう途中、出会った可愛いリキシャのおじいちゃん。オートリキシャのストライキによる静かな街並み。「通じていると思い込む」コミュニケーションについての考察。
旅のエッセイ

13-26.01.02『インド版ピアノ「ハルモニウム」でセッション。意味を持ち始めたサリマガ。』

インド版ピアノ「ハルモニウム」の演奏に挑戦するも、ふいご操作の過酷さに苦戦。しかし、謎だった音階(呪文)が理解できるようになり、タブラとのセッションを楽しむ。日本のお正月の思い出と共に綴る日記。
旅のエッセイ

13-26.01.01『「そそそ蕎麦なんていらないんだからっ!」強がりな年越しと居心地の良い匂い』

バラナシのゲストハウスの屋上で開催された年越しパーティは参加費500ルピー。高い参加費を「もったいない」と断り、部屋でポテチを食べて過ごした大晦日。屋上での激しい花火カウントダウンや、寝坊して見逃した初日の出など、インドで迎えたお正月のエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.31『「どん兵衛」が羨ましい! バラナシの大晦日、年越しそば難民とスカイプの思い出』

バラナシでの大晦日。年越しそば(うどん)を求めて店を探すも、結局ラーメンを食べることに。短期旅行者の「どん兵衛」を羨み、スカイプで日本の家族と話した夜。LINEもなかった当時の通信事情と、激動の現在を振り返る。
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12-25.12.30『バラナシの火葬場で感じた「ただそこにある死」』

バラナシの火葬場へ。目の前で遺体が燃やされ、灰になり、その横で人々が生活する光景を目撃。日本のお葬式に感じていた違和感と、インドで感じた「死の自然さ」について綴るエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.29『晴れたバラナシは最高! ガート散歩と、「いもちゃん」との再会』

連日の霧が晴れ、ついにバラナシのガートへ。雨季とは違い快適に歩ける喜び。6年ぶりに訪れた「いもちゃんのチャイ屋」での再会と、31歳には見えない彼の貫禄、そしてインド人に嘘の日本語を教えるお茶目なエピソード。
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12-25.12.28『インド音階「サリガマ」の呪文と、負けず嫌いな私』

バラナシで1時間約300円の激安ボーカルレッスンを受講。しかし内容は謎のインド音階(サリガマ)の発声練習ばかり。「ドレミならできるもん!」と初日から先生に抗議し、曲の練習を要求したエピソードと、納得しないと動けない性格についての自己分析。
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12-25.12.27『極寒のインド寝台列車とバラナシの洗礼』

リシケシからバラナシへの移動。冬のインド鉄道は暖房もなく窓からの隙間風で極寒。車内で謎のおじさんから人参をもらうシュールな体験や、霧による遅延事情、そして混沌のバラナシでのリキシャとの攻防を描く。
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12-25.12.26『さよならリシケシ。19日間の「生活」で築いた人間関係。』

19日間滞在したリシケシを発つ日。近くのレストランで最後の贅沢をし、お世話になった人々へ別れの挨拶。不安だった鉄道チケットの「R.A.C.」問題も解決し、バラナシへ。毎日顔を合わせた人たちとの関係性が教えてくれた「日常」の尊さ。