リシケシ

旅のエッセイ

12-25.12.16『ヨガの「三点倒立」が怖い! 大人は体育がないのが良い』

リシケシでヨガ修行中。三点倒立(ヘッドスタンド)への恐怖心が拭えない。小学校の体育のトラウマと、「できる気がしない」先入観。「仕組みを理解すればできる」はずだけど。。。
旅のエッセイ

12-25.12.15『「歌う」or「考える」論争。リシケシで買ったシンギングボウル』

リシケシでシンギングボウルを購入。鐘の音色から「Singing(歌う)」だと思っていた私と、瞑想に使うから「Thinking(考える)」だと思っていた彼。いい音を奏でられるよう練習をしながら 繰り広げた論争エッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.14『「ぴっ」』

ムスリーの中にハエを見つけた私の対応は「ぴっ」と捨てるだけ。虫とのシェアハウスを経たバックパッカーの逞しさと、衛生観念の変化(と帰国後の揺り戻し)を描くショートエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.13『リシケシでの「生活」とオクラ丼。何もしない一日はなぜあっという間なのか』

リシケシでの滞在も板につき、観光ではなく「生活」を始めた日々。自炊やヨガで一日があっという間に過ぎていく不思議。オクラ丼を見た西洋人の反応や、仕事・結婚と「時間の密度」についての現在の考察を綴るエッセイ
旅のエッセイ

12-25.12.12『リシケシで手に入れた225ルピーの至宝』

リシケシでのヨガ生活2日目。ひどい筋肉痛だが身体を伸ばす気持ち良さに気づく。一方、宿での自炊生活は調味料不足とキッチン争いで限界に。225ルピーで手に入れたキッコーマン醤油で作った「野菜の素揚げ」に歓喜するエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.11『サボった代償。スパルタ指導と、帰宅後の悲劇』

リシケシでヨガを再開した翌日、起き上がれないほどの激痛に襲われる。しかしレッスン中はアドレナリンが出て動けてしまう不思議。1人では甘えてしまう自分と、適切な負荷をかけてくれる先生の存在について考えたエッセイ。
旅のエッセイ

12-25.12.09『英語ペラペラになれる2ヶ月で身体ガチガチになった私』

2ヶ月ぶりに戻ったリシケシでヨガを再開するも、身体のなまりに愕然。一方で、宿の子供やスタッフは英語がペラペラに成長していた。「継続」の大切さと、海外にいるだけでは語学は伸びないという現実を痛感した記録。
旅のエッセイ

12-25.10.01『リシケシからハルドワールへ リシケシホームシック』

リシケシでの快適な日々を終え、ハルドワールへ移動。宿探しや切符購入の混乱、そしてホームシック…。それでも旅を進める必然と心の揺れを綴ります。
旅のエッセイ

12-25.09.30『最後のリシケシ。別れと繋がり』

二週間過ごしたリシケシとの別れの日。最後のラッシー屋のおっちゃん、物乞いの子どもとのやり取り、ヨガのお弟子さんとの出会い。別れとつながりを綴る旅エッセイ。
旅のエッセイ

12-25.09.29『停電と念願』

リシケシ滞在中に長時間の停電と念願のアーユルヴェーダを体験。期待と失望の間で揺れる旅の実感を、現地での小さな交渉や身体の感覚とともに綴エッセイ。