エッセイ

旅のエッセイ

12-25.12.26『さよならリシケシ。19日間の「生活」で築いた人間関係。』

19日間滞在したリシケシを発つ日。近くのレストランで最後の贅沢をし、お世話になった人々へ別れの挨拶。不安だった鉄道チケットの「R.A.C.」問題も解決し、バラナシへ。毎日顔を合わせた人たちとの関係性が教えてくれた「日常」の尊さ。
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12-25.12.25『子どもを盾にしてゲーム回避! リシケシの孤児院クリスマス会』

リシケシのヨガスタジオで開かれた、親のいない子どもたちのためのクリスマス会に参加。子どもたちの圧倒的なエネルギーに疲れつつ、ゲームの罰ゲームを回避するために子どもを盾にしてしまった懺悔。
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12-25.12.24『「野菜と米を買って」? 路上の少年にプレゼントを渡した反応と、謎のリクエスト』

リシケシの路上で暮らす少年にプレゼントを渡すも、反応は微妙で謎の「米と野菜」の要求に困惑する。一方、ヨガスタジオでは孤児院の子どもたちのためのクリスマス会の準備に参加。飾り付けを通して「ものづくり」の楽しさを再確認した日記。
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12-25.12.23『「Together nice!」物乞いをしない路上の少年と、葛藤のクリスマスプレゼント』

リシケシの路上で暮らす少年は、物乞いをせず毎日「Together nice!」と笑顔で挨拶してくれる。クリスマスイブ、彼に何かしてあげたくて手持ちの古着やコインをラッピングした。善意は人を傷つけるかもしれない、という葛藤と共に綴るエッセイ。
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12-25.12.22『インド鉄道の謎ステータス「R.A.C.」とは? 13年越しに判明した座席争いの真実?』

リシケシを発つため駅へ。道中で食べたパコダの油っぽさと高額請求に、平和ボケしていた感覚がインドモードに戻る。鉄道チケットは謎の「R.A.C.」ステータス。13年越しに調べたその意味と、過去の列車トラブルとの関係について。
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12-25.12.21『「戦場のメリークリスマス」を共に味わう。リシケシのキッチンで国境を越えた音楽の時間』

国や言葉が違っても、美しい音楽で心が通じ合ったエピソードと創作物へのリスペクトを描くエッセイ。
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12-25.12.20『閉じ込められた部屋で作った折り紙のクリスマスツリー』

洗濯物を干しに行った彼が帰ってこず、様子を見に行こうとしたら外から鍵がかけられていた(2回目)。部屋に閉じ込められた時間を使い、手持ちの折り紙でクリスマスツリーを作成。インドで迎える師走と、手作りの季節感を楽しむエッセイ。
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12-25.12.19『ヨガは痛くても頑張るべき? リシケシで気づいた骨格の限界と身体の声』

リシケシでのヨガ修行中、連日の痛みに疑問を抱く。「痛くても頑張る」ことは本当に正しいのか? 筋肉の痛みと骨格の痛みの違いに気づき、自分の身体の声を聞くスタイルへシフトした日の記録。
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12-25.12.18『盗られたら盗り返す? リシケシの共同キッチンで起きた事件と亀裂』

リシケシの宿で共同キッチンの食材が盗まれる事件が発生。怒る彼がとった行動は。「負の連鎖」を巡る口論と、埋まらない価値観の溝。
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12-25.12.17『非日常も日常も紙一重。「暮らすように旅する」リシケシ滞在と、これからの旅の形』

このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。 当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。 あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような...