インド

旅のエッセイ

13-26.01.02『インド版ピアノ「ハルモニウム」でセッション。意味を持ち始めたサリマガ。』

インド版ピアノ「ハルモニウム」の演奏に挑戦するも、ふいご操作の過酷さに苦戦。しかし、謎だった音階(呪文)が理解できるようになり、タブラとのセッションを楽しむ。日本のお正月の思い出と共に綴る日記。
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13-26.01.01『「そそそ蕎麦なんていらないんだからっ!」強がりな年越しと居心地の良い匂い』

バラナシのゲストハウスの屋上で開催された年越しパーティは参加費500ルピー。高い参加費を「もったいない」と断り、部屋でポテチを食べて過ごした大晦日。屋上での激しい花火カウントダウンや、寝坊して見逃した初日の出など、インドで迎えたお正月のエッセイ。
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12-25.12.31『「どん兵衛」が羨ましい! バラナシの大晦日、年越しそば難民とスカイプの思い出』

バラナシでの大晦日。年越しそば(うどん)を求めて店を探すも、結局ラーメンを食べることに。短期旅行者の「どん兵衛」を羨み、スカイプで日本の家族と話した夜。LINEもなかった当時の通信事情と、激動の現在を振り返る。
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12-25.12.30『バラナシの火葬場で感じた「ただそこにある死」』

バラナシの火葬場へ。目の前で遺体が燃やされ、灰になり、その横で人々が生活する光景を目撃。日本のお葬式に感じていた違和感と、インドで感じた「死の自然さ」について綴るエッセイ。
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12-25.12.29『晴れたバラナシは最高! ガート散歩と、「いもちゃん」との再会』

連日の霧が晴れ、ついにバラナシのガートへ。雨季とは違い快適に歩ける喜び。6年ぶりに訪れた「いもちゃんのチャイ屋」での再会と、31歳には見えない彼の貫禄、そしてインド人に嘘の日本語を教えるお茶目なエピソード。
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12-25.12.28『インド音階「サリガマ」の呪文と、負けず嫌いな私』

バラナシで1時間約300円の激安ボーカルレッスンを受講。しかし内容は謎のインド音階(サリガマ)の発声練習ばかり。「ドレミならできるもん!」と初日から先生に抗議し、曲の練習を要求したエピソードと、納得しないと動けない性格についての自己分析。
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12-25.12.27『極寒のインド寝台列車とバラナシの洗礼』

リシケシからバラナシへの移動。冬のインド鉄道は暖房もなく窓からの隙間風で極寒。車内で謎のおじさんから人参をもらうシュールな体験や、霧による遅延事情、そして混沌のバラナシでのリキシャとの攻防を描く。
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12-25.12.26『さよならリシケシ。19日間の「生活」で築いた人間関係。』

19日間滞在したリシケシを発つ日。近くのレストランで最後の贅沢をし、お世話になった人々へ別れの挨拶。不安だった鉄道チケットの「R.A.C.」問題も解決し、バラナシへ。毎日顔を合わせた人たちとの関係性が教えてくれた「日常」の尊さ。
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12-25.12.25『子どもを盾にしてゲーム回避! リシケシの孤児院クリスマス会』

リシケシのヨガスタジオで開かれた、親のいない子どもたちのためのクリスマス会に参加。子どもたちの圧倒的なエネルギーに疲れつつ、ゲームの罰ゲームを回避するために子どもを盾にしてしまった懺悔。
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12-25.12.24『「野菜と米を買って」? 路上の少年にプレゼントを渡した反応と、謎のリクエスト』

リシケシの路上で暮らす少年にプレゼントを渡すも、反応は微妙で謎の「米と野菜」の要求に困惑する。一方、ヨガスタジオでは孤児院の子どもたちのためのクリスマス会の準備に参加。飾り付けを通して「ものづくり」の楽しさを再確認した日記。