12-25.11.22『ポンディチェリーのフランス人街。勘違いの全能感。』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.11.22『ポンディチェリーのフランス人街。勘違いの全能感。』

昨日のホーリーウォーターの効き目か、彼がお腹を壊す。
やっぱり。そりゃそうだよね。
大丈夫と言っているけど、結構辛そう。

今日はマハーバリプラムまで、5時間コースのバス移動の予定だったけど、このお腹では厳しい。
急遽マハーバリプラムよりも近いフランス領にもなっていたポンディチェリーにいってみることに。

チダンバランからのバスは1番前の席!
景色がよく見えて楽しい。

途中のバスストップで、近くに座っていたインド人がおもむろに窓から手を出すと、その手に外のインド人が500ルピー札の束を手渡した!50000ルピーくらいはありそうな現生の束!
しかもそれをそのままポケットに入れて居眠りこいてる!!
恐るべしインド人…

運転手のおっちゃんがかっ飛ばしてくれたおかげで予定より早く到着。
いつも通りバススタンドのトイレはカオスで、フランス統治はバススタンドまではどうやら行き届いていないよう。
バススタンドからは全くフランスの香りはしないけど、いったいどんな街なんだろう。

そんな不安は一瞬で吹き飛んだ。
ここは紛れもなくフランスだった!

泊まりたかった宿がフルで、リキシャの紹介でフランス人街の宿へ。
フランス人だらけ!
宿のスタッフのインド人が部屋に案内してくれ、
「フランス語は話せる?私英語話せないの。」
と衝撃の言葉。
すごい!フランス語オンリー!

宿に泊まっているフランス人が通訳に入ってくれた。
なんだか新鮮!

でもフランス人も、フランス語で困ることなく生活しているからなのか、通訳のはずなのに、私たちに説明する時もフランス語になってる(笑)
「OK?」
だけ英語。
いや、分からんて!
でもとりあえずOK(笑)

中心街に行けばそこはやっぱりインドなのだけど、フランス人街は建物の雰囲気も全く違うし、こ洒落たレストランもたくさん。
久しぶりにパスタとピザを堪能♫
他の街で食べたらかなりの高額になるから、それに比べたら安価で久しぶりにありつけた西洋食に大満足。

ここでの1番の目的はチェンナイからデリーへの特急列車のチケットを取ること。
チェンナイに行ってから取れなかったら大変だから少し早めに…
なんて早めに準備したつもりが甘かった!
すでに12月いっぱいフルとのこと。
マジかい…
駅員さんも、
「フルだよフル!こんなぎりぎりで取れるわけないじゃん!」
とあきれ顔。
そうなのか…。

12月にリシケシにいたいと思って急いで毎日移動移動を繰り返してきたからなんだか拍子抜け、というか落ち込む。

鈍行だと36時間コース…。
どうしよう。
動きたければどこにでも行ける!日本にだっていつでも帰れる!
って思ってたから、やっぱりいざチケットを取ろうと思っても取れないんだ、という現実に直面して、正月を日本で迎えたい気持ちが強くなった。

彼はまだまだ旅を続けたい。
私は帰りたい。

二人旅は難しい。

—From the present me


そうか私はこの時すでに帰りたかったのか。
もしひとり旅だったら、きっともっと早くに嫌になるか飽きるかしていたと思う。
誰かがいるから予期せぬ道が開ける。
自分で切り拓いてるわけじゃない。常におかげさま。

明日の日記はこちらに続く

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