12-25.11.05『”生きる”に触れた日』

旅のエッセイ
  このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
  当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
  あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.11.05『”生きる”に触れた日』

なんとかバススタンドを見つけたものの、そこでリキシャに声をかけられた。
「ハンピまで20分。50ルピー。200ルピーでインサイドトイレ、ホットシャワーのホテルを知っている。」
それならいいかも、と予定していたバスをやめてリキシャに任せることに。

ハンピへ向かう道は長閑で自然だらけで高い建物は遺跡や寺院だけで、とてもゆっくりとした時間が流れていて、昨日までの喧騒が嘘のよう。

ハンピに着いてもそれは変わらず、ツーリスト向けのお土産やレストランは多いものの、街自体は見渡す限り樹、岩、土、遺跡!
とても長閑な田舎町。

そんな長閑な田舎町で、また始まってしまいました。お馴染みのバトルが…!
リキシャに連れて行かれたのは、見せられた名刺とは違う名前のホテル。当初言っていた200ルピーではないし、200ルピーの部屋があるホテルもあるが、トイレは外だと。
でも200ルピーではなかったものの、宿のおっちゃんが300ルピーまで値下げしてくれて、部屋からして妥当な値段だとは思うのだけど (あとでホットシャワーも出ないことが発覚してちょっとやられたと思ったけど…) 
彼が「200ルピーでインサイドトイレって言ったじゃん!」
といつまでも譲らず面倒なことに。

リキシャのおっちゃんは「そんなこと言ってない」と、しらをきりだす。
他をあたっても結局300ルピーが1番安いようで、こんな小さな街で、なんだか値切り屋みたいで宿を手当たり次第回って恥ずかしくて嫌になる。
彼はなんとか250ルピーにならないか。と最後まで頑張っていたものの、向こうも折れず、彼も値段としては妥当なのに、リキシャに嘘つかれたから意地はってるだけなので、なんとか諭して、結局300ルピーで3泊することに。

リキシャのおっちゃんも初めから300ルピーって言ってれば、彼とのこんなに面倒なやりとりに付き合わされずに済んだのに。

後からおなじ宿に1人で400ルピーで泊まった欧米人がいたらしく、
「300ルピーで泊まっているって言わないでね。」
と宿のスタッフに言われる。
これは良くあること。値段なんて、あってないようなもの。
アジアに行ったら、しっかり値切って自分の納得する値段で買ったり泊まったりするしかない。
全て交渉と駆け引き次第の世界。

最近、やれ何ルピーだ、ともめたり交渉したり、という話をたくさん日記に書いていて、なんだか自分でもあほらしくなる事もあるけれど、これはもう日々の戦い。
日本円にしたら250ルピーと300ルピーの50ルピーの差なんて100円しないのだけど、インドでは50ルピーあれば安い露店なら二人で一食食べられるの!!
という大事な差なのです。

バトルを終え、やっとこさ荷物を降ろし、街をぶらぶら。
 
なんて静かでのんびりできる場所!
 
ツーリストがいるとはいえ、それほど多くもなく、寺院に入ると私たち以外1、2組しかいないこともあり、鳥のさえずりしか聴こえない空間で空や寺院を眺めながら石造りの寺院に座ってのんびりするのは最高に気持ちいい。

牛が草を食べて、その牛の体の虫を鳥が食べて、
なんていう本来あるべき姿も初めて見て。
なんだか感動してしまった。
 
インドの都心では道にあふれる牛たちが、人が捨てたゴミをあさって、新聞やビニールまで食べている。そんな姿を見てきたから、
ああ、そうだよね。本当はこうなんだよね。
と、しばらく魅入ってしまった。

3日間ハンピでとことんのんびりするぞ~!

  —From the present me


この時みた牛が草を食べて、その牛の体の虫を鳥が食べている光景はその後もずっと記憶に残る大事な体験の一つ。
本来生きるってただこれだけのことでもいいはずなのに、なんであれこれやろうとして勝手にもがいて疲れて苦しんでってやってるんだろうとその姿を見ていて思った。

明日の日記はこちらに続く

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