このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
12-25.10.25『プシュカルからボーパールへ。不安に揺られる寝台列車』
長居したプシュカルともお別れ。
特に何もなかったけれど、お別れとなると少し悲しい気もする。
最後に朝ごはんビュッフェを食べ収め。
今日もビュッフェには含まれていないジンジャーティーをつけてくれた優しいおじちゃん。
そしていつも毎日水を買っていた売店のおばちゃんにもさよならを告げて出発。
Wi-Fi電波悪いとか文句言ってたけど、200ルピーで泊まれてWi-Fiも使えたんだから感謝だよな、と改めて思う。
ボーパールは地区も変わるから、また全く雰囲気が違うんだろうな、と期待もあり不安もあり、寝台に乗り込むもなかなか寝られず。
驚いたのは、深夜の2時でも降りる人や乗る人がいること。
電車が来るのを待ってるの大変だし帰るのも大変だ!(しかも遅れることも多いし、何分遅れるかも言われないのに…)
私たちも深夜の12時にアムリトサルでバスから降ろされた時はどうしようかと思ったけど(^_^;)
寝たり起きたりを繰り返しながら朝に。
降車予定の時刻に近づくにつれ、どんどん街が寂れていき、不安がつのる。
そして、廃墟のようなところがどうやらボーパールのようだ(/ _ ; )
このボーパールの地から南は彼も行ったことのない未知の世界。
こういう
えっ…ここでほんとに降りるの…?
ってことも…あるよね。
どうしよ。
インドは本当に街によって全く雰囲気が違う。
と思っていたけれど、今の日本も
街によって雰囲気が違う、その差が大きくなってきている気もする。
特に何もなかったけれど、お別れとなると少し悲しい気もする。
最後に朝ごはんビュッフェを食べ収め。
今日もビュッフェには含まれていないジンジャーティーをつけてくれた優しいおじちゃん。
そしていつも毎日水を買っていた売店のおばちゃんにもさよならを告げて出発。
Wi-Fi電波悪いとか文句言ってたけど、200ルピーで泊まれてWi-Fiも使えたんだから感謝だよな、と改めて思う。
ボーパールは地区も変わるから、また全く雰囲気が違うんだろうな、と期待もあり不安もあり、寝台に乗り込むもなかなか寝られず。
驚いたのは、深夜の2時でも降りる人や乗る人がいること。
電車が来るのを待ってるの大変だし帰るのも大変だ!(しかも遅れることも多いし、何分遅れるかも言われないのに…)
私たちも深夜の12時にアムリトサルでバスから降ろされた時はどうしようかと思ったけど(^_^;)
寝たり起きたりを繰り返しながら朝に。
降車予定の時刻に近づくにつれ、どんどん街が寂れていき、不安がつのる。
そして、廃墟のようなところがどうやらボーパールのようだ(/ _ ; )
このボーパールの地から南は彼も行ったことのない未知の世界。
こういう
えっ…ここでほんとに降りるの…?
ってことも…あるよね。
どうしよ。
—From the present me
インドは本当に街によって全く雰囲気が違う。
と思っていたけれど、今の日本も
街によって雰囲気が違う、その差が大きくなってきている気もする。


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