12-25.09.13『日本人宿久美子のドミトリー』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.09.13『日本人宿久美子のドミトリー』

日本人宿「久美子」のドミトリーには定員がない。
ベッドは8つ。
でも定員は8人ではない。

久美子さんも、旦那さんのシャンティさんも、8人越えようが、「空いてる」という。
つまり雑魚寝。
ベッドが取れなければ床にマットを敷いて寝る。
私と彼は幸いにもラスト2つのベッドを獲得。(最終的に14〜5人はいた)
ベッドをゲットできたとはいえ、夜は停電でファンも止まり暑いし、風邪をひいている人たちが大勢げほげほしているし環境としては劣悪…。
二度とインドでドミには泊まるまいと静かに決意。

こんな状況でもドミに泊まったのには理由が。
彼がどうしても泊まりたいという、250ルピーでベランダつきのお気に入りの部屋があって、そこが空くのを待つため。
なんと、その部屋からはプライベートベランダからガンジス川が拝めるの!
雨率の高い今、ガンガーを眺めるにはもってこいの素敵な部屋。

念願かなってドミでの宿泊は昨日のみ。今日この部屋に移動ができて彼も満足そうです。
—From the present me


部屋の窓からぼーっと川を眺める。いいなぁ。この時ぼーっとしてる時間よかったなぁ。
って思うけれど、以前住んでいた場所も朝ベランダに行けば朝日が見えたし、廊下側に行けば山並も見えた。
けれど、そうそういつもその時間を満喫するわけじゃない。
今だって、当たり前だが窓を開ければ空が見える。
朝起きてカーテンを開けて空を見ればそれだけでスッと心がクリアになること知っているのに。

やらなくては、ということに追われていると、すぐ近くの癒しに目もくれず押し寄せるタスクにダイブして溺れている。
なんならあの時久美子のこの部屋から見たガンジス川はしっかり覚えているのだから、その川の記憶を眺めるだけでもスッと落ち着く。
意識的にそういう時間をとっていかないと。

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