12-25.08.26『不穏な一日の始まり』

旅のエッセイ
  このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
  当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
  あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.08.26『不穏な一日の始まり』

今日は朝から雨。朝ごはんを食べに外に出るも軒並みお店がしまっていて、コンビニで朝食をすませた。暑さで寝られなかったらしい彼の機嫌も悪く、なにやら不穏なスタート。

3日分の洗濯物が溜まってるのに、雨はやみそうにない。
仕方なく部屋の水道で洗濯を始めたら…
蛇口が外れた。水が止まらない。

この蛇口、もともとすごく硬かった。とはいえ、壊してしまったのは私たちだろうか。とりあえずオーナーに報告。

「業者を呼ばないと直せない。今日は日曜で無理。こっちの棟の水は全部止めるから、外のトイレを使って。多分50〜60バーツかかる」

私の英語力がないせいで、その5〜60バーツを誰が払うのかわからない。
もし私たちのせいだと言われたとしても、「老朽化では?」という言い方がうまく出てこない。
オーナーすごくいい人だから、めちゃくちゃ揉める、ということはないと思うけれど、責任の所在が曖昧なままになってしまった。

英語が堪能じゃないとこういう何かあった時の細かいニュアンスや交渉、やり取りができなくて困るんだなぁ。かなりダークな気持ちになって心が荒んでしまった。

雨も上がって痛いくらいの陽射しが出た頃オーナーが戻ってきて、「直せそうだから修理代はいらない。部屋も交換するよ」と言ってくれた。

よかったー!!!

何だかお天気と気持ちがリンクしていた1日。

  —From the present me


日々の人間関係でも「わからない」は小さな反発やすれ違いを生む。言語が違えばなおさら、けれど同じ日本語だって、そんなことはしょっちゅう起きる。

むしろ同じ日本語だと尚更「わかっているはずだ」という思い込みが、厄介なのかもしれない。
いっぽうで、言葉が通じていなくても、不思議と伝わったと感じることもこの旅の中でたくさんあった。

その時はやっぱり相手を信頼しきって心を開いて何とか通じあいたいと思っている時だから、言語に頼りすぎず、伝わりあいたいという気持ちありきだなと思う。
…となんだか言語が全てではない、みたいな結論を書きそうになったけれど、気持ちの交流はおいておいて、情報を伝え合うには言語は不可欠。英語ができるに越したことはない。(いまだにできない)

明日の日記はこちらに続く

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