このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
12-25.08.07『身内でも人それぞれなのに』
今泊まっているのが日本人宿で、雨が続いている事もあり、あまり出かけずに宿の外のスペースでたまって話している時間が多い。
彼はタバコを吸いにいくと、もれなく長時間帰ってこないくらい集い好き、というか意気揚々と話しているのだけれど、私は大人数の中で話をするのが苦手。
自分の話なんて…と思ってしまう。
それは大人数でいる時は日本にいるときからそう。
彼はがんがん話すので、
またそういう言い方して…
とか、
なんでそういう事いうかな…
とか、かなり気になって疲れる。
人の話を聞いているのは面白いし、みんなでわいわいも楽しいのだけど、
私は自分の寝たい時間に寝たい、とかタバコ煙すぎてもう無理…の方が強いので先に寝支度整えて就寝。
彼は風邪ひいてるくせに話し込んで夜中に帰ってくる…
まったくもう!!
とうっぷんが溜まってきた今日この頃。
とはいえ別々の人間なので、私は私のしたいようにすれば良いだけなんだよね。
みんなと長くいたいならいればいい、いたくないならいなければいい。
その辺勝手に明日のこととか体調のこと、誰にどう思われるとか失礼とか、色々考えすぎるから疲れるだけ。
誰かと一緒に長時間過ごしていると、自分がどんなことが嫌で、何は譲れないかがだんだんわかってくる。
私は自分のペースを崩されることがとても嫌で、予定や時間をはっきりさせたいところがある。
約束の時間に遅れてくること自体は許せるけれど、遅れるなら何分くらいなのか、その時間によってできることが変わるから知りたい、と何かの計画が変わったらすぐまた別の計画を立てたくなってしまう。
この8ヶ月間の旅を終えて帰国した後すぐに行った瞑想合宿でも彼と私の違いは顕著だった。
この合宿では10日間、インストラクターの方以外とは一切会話を交わすことができず、スマホや筆記具など全て預けており、自分自身とのみ向き合う10日間になっている。
私は驚くほどにこの環境に全くのストレスがなかった。
人との交流がないとはいえ、一人きりで閉じ込められているのとはまた違って、それぞれがどんな人かというのは過ごし方でわかったり、非言語コミュニケーションで伝わるものもある、と思っている。
全くの一人きり、一切の外界との接触なし、みたいな空間はきっと耐えられないけれど、
人と同じ空間にいて一緒に過ごしているとしたら、
変に言葉を使って気を使ったりするよりよっぽど非言語コミュニケーションで過ごしている10日間は気が楽で心地よかった。
10日で終わりと思っていた合宿は実は11日目があって、この日は片付け等で人と話すことが解禁された。
正直急に話してOKとなったこの日が、1日中瞑想をし続けていた10日間よりも、私にとってはとてつもなくきつく、疲れた日になった。
一方彼はタバコが吸えない以上に人と話せない10日間が辛くてしょうがなかったらしい。
一緒の空間や時間を確かに共有できているけれど、それぞれがちゃんと独立もしていて自分の時間も生きてる、みたいな関係性でいられる人と暮らしたいな。
そんな理想、なかなかバランスが難しいのだと思うけれど。
彼はタバコを吸いにいくと、もれなく長時間帰ってこないくらい集い好き、というか意気揚々と話しているのだけれど、私は大人数の中で話をするのが苦手。
自分の話なんて…と思ってしまう。
それは大人数でいる時は日本にいるときからそう。
彼はがんがん話すので、
またそういう言い方して…
とか、
なんでそういう事いうかな…
とか、かなり気になって疲れる。
人の話を聞いているのは面白いし、みんなでわいわいも楽しいのだけど、
私は自分の寝たい時間に寝たい、とかタバコ煙すぎてもう無理…の方が強いので先に寝支度整えて就寝。
彼は風邪ひいてるくせに話し込んで夜中に帰ってくる…
まったくもう!!
とうっぷんが溜まってきた今日この頃。
とはいえ別々の人間なので、私は私のしたいようにすれば良いだけなんだよね。
みんなと長くいたいならいればいい、いたくないならいなければいい。
その辺勝手に明日のこととか体調のこと、誰にどう思われるとか失礼とか、色々考えすぎるから疲れるだけ。
—From the present me
誰かと一緒に長時間過ごしていると、自分がどんなことが嫌で、何は譲れないかがだんだんわかってくる。
私は自分のペースを崩されることがとても嫌で、予定や時間をはっきりさせたいところがある。
約束の時間に遅れてくること自体は許せるけれど、遅れるなら何分くらいなのか、その時間によってできることが変わるから知りたい、と何かの計画が変わったらすぐまた別の計画を立てたくなってしまう。
この8ヶ月間の旅を終えて帰国した後すぐに行った瞑想合宿でも彼と私の違いは顕著だった。
この合宿では10日間、インストラクターの方以外とは一切会話を交わすことができず、スマホや筆記具など全て預けており、自分自身とのみ向き合う10日間になっている。
私は驚くほどにこの環境に全くのストレスがなかった。
人との交流がないとはいえ、一人きりで閉じ込められているのとはまた違って、それぞれがどんな人かというのは過ごし方でわかったり、非言語コミュニケーションで伝わるものもある、と思っている。
全くの一人きり、一切の外界との接触なし、みたいな空間はきっと耐えられないけれど、
人と同じ空間にいて一緒に過ごしているとしたら、
変に言葉を使って気を使ったりするよりよっぽど非言語コミュニケーションで過ごしている10日間は気が楽で心地よかった。
10日で終わりと思っていた合宿は実は11日目があって、この日は片付け等で人と話すことが解禁された。
正直急に話してOKとなったこの日が、1日中瞑想をし続けていた10日間よりも、私にとってはとてつもなくきつく、疲れた日になった。
一方彼はタバコが吸えない以上に人と話せない10日間が辛くてしょうがなかったらしい。
一緒の空間や時間を確かに共有できているけれど、それぞれがちゃんと独立もしていて自分の時間も生きてる、みたいな関係性でいられる人と暮らしたいな。
そんな理想、なかなかバランスが難しいのだと思うけれど。
明日の日記はこちらに続く。
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