12-25.07.11『誕生日と喧嘩』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.07.11『誕生日と喧嘩』

今日は彼の誕生日!
……なのに、日焼けがさらに悪化して、歩くたびに激痛。膝もうまく曲げられないほどの状態に。

ホテルのおっちゃんに薬局の場所を聞いて、オロナイン的な塗り薬を購入。
わざわざ説明書を確認してくれて、優しさに感謝。

体もだるくて、午前中はぐうたら。
そのぶん午後は、誕生日にふさわしいレストランを検索して、お腹をすかせて夕方から出発!

料理教室も開かれている、欧米人にも人気のお店。
店員さんの雰囲気も良く、料理も美味しくてボリュームもたっぷり。
セットメニューを2種類に、デザートのマンゴークレープもつけて、全部で25万ドン。
フォーの10倍の値段だけど、お誕生日だから今日は特別。

普段、日本円感覚でいると何でも「安い安い」と感じてしまって、気がついたらお金がなくなる。
だからこそ、現地感覚で「これは高い」と判断することが、バックパッカーには必要。

でも、贅沢した今日だけは日本円換算で。
あんなに美味しい料理をたくさん食べて、たったの1000円!
ほんと、大満足のディナーだった。

帰り道、海辺をぶらぶらしながら夕暮れを見ていると、
偶然ショーに遭遇。
手作り感満載のステージに思わず笑いながら、楽しい時間を過ごした。

ビールを下げて宿に戻ると、おっちゃんが「ビールかい」と声をかけてくれたので、
「今日、彼の誕生日なんです」と伝えると、
「コングラッチレーション!」とハッピーバースデーを歌ってくれた。
おっちゃん、素敵すぎる。

明日からはまた節約生活に戻るけれど、今日はいい一日だった。
このあと、考え方の違いで彼と喧嘩になった日記も続いていたけれど、それは割愛した。
私から見ると、他人に対して強い言葉を使ってしまうその物言いが、自己中心的に感じられて、それが嫌だった。

でも同時に、それは「自分や家族を第一にする」という彼の自分軸であって、
それが私自身に足りていない、と感じることもあった。

親が他者貢献の人だったこともあり、他人のために頑張っている親を見て、 私は子どもの頃、「人に優しくしなければ」と「私は大切にされているのかな」を同時に抱えながら
「人のために」と親のように思いきれない自分を「優しくない人間だ」と責めていた。

書いていて気づいたのは、私は「他者貢献=自己犠牲」と思い込んでいたということ。
自分軸、他人軸ということもそことごっちゃになっていたかも知れない。
でも、今の私はもうそこをイコールでは考えていない。

ここ数年で出会った人たちの中に、
「優しいからそうする」のではなく、
「その方がいいと思うからする」というスタンスの人たちがいた。
彼らの存在が、私の思い込みをひとつひとつほどいてくれた。

優しいからする人もいれば、そうでない人もいて、
自己犠牲の人もいれば、そうでない人もいる。
それは「優しい」「優しくない」とは別の軸。

自分を大切にしながら、「何をしたら喜んでもらえるかな」と
お互いが思い合える関係が、きっと理想。

気づいていなかったけど、
私の中の幼いころの葛藤や寂しさは、もうだいぶ解消されているのかもしれない。

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