13-26.02.13『さよならインド、欠航トラブルの末に…。13年前の旅日記、ついに完結!』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
ついに本日、最終回です!

13-26.02.13『さよならインド、欠航トラブルの末に…。13年前の旅日記、ついに完結!』

お土産を大量に購入し、頑張って詰め込み、タクシーの時間までソワソワ。

もう出発の時間まであと5分しかないのに、宿に寄付しようと思っていたいらなくなったものたちを、共有スペースに置いてくる!

と言ったきり戻ってこない彼。

まったく…

呼びに行ったらまた時間も忘れて話し込んでる。

なにやってんの!

と怒鳴りこんで部屋へと連れ戻す。

やれやれ…。

最後くらいは楽しようと思って宿にタクシーを手配してもらう。
400ルピー高いけど。

そしてタクシーが到着…したのは宿から100メートル以上先。遠い重たい…楽しようと思ったのに結局歩くんかい。

高いから貸切かと思いきや既に先客。

中国人の2人で日本語も話せる笑顔の素敵な方。

日本語と英語を混ぜて会話。楽しい時間を過ごす。

夕焼けがとてもきれいで、太陽が月のように白く大きく沈んでいく。

彼は助手席に座っていたとはいえ、きれいじゃない?! なんであんなになってるんだろう!

と私が興奮気味に言っても

「さあ、曇ってるからじゃない。」

と冷たい。いつものことだけど…。

とりあえず無事空港には到着。

ボードをみると、

Air India Tokyo canceld



cancelですと…?

どゆこと?

エアインディアのカウンターにいくとは説明も対してされず、
この便はキャンセルだ。
これが新しいチケットだ
と手書きの紙を渡され、

なんとJALに変更とのこと!

JAL??!

JALだとチケット代は本来倍額くらい。

わーいわーい!!

とウキウキでJALのカウンターへ。

するとJALでは不穏な空気。

席はあるがナンチャラがまだわからなので待ってろ。

と待たされる。

席はあるなら飛べるの?
ナンチャラはなに?!

分からないまま待つ。

JALならサービスいいね!
ご飯も美味しいね!

なんてわくわくしていたのに…
なんだかダメそうな予感。
でも席はあるって言ってるし…

すると私たちのもとにエアインディアのスタッフが。

JALだとあなたたちの食事はでない。

…なんですと?

なんで勝手な都合でフライトキャンセルしたのにエアインディアのサービスより劣るわけ?

しかも食事だけならまだしもドリンクもくれないらしい。

ご飯は数があるものだからまだ納得はできる。

でもドリンクはフリーサービスじゃん! どこまでケチなの!

って文句言ってたらまたエアインディアのカウンターに戻された。

文句言ってる間に他の人をJALの空きシートにいれてしまったのか、もはやJALの話はなかったことにされ(説明はなし)待たされる。
ネパール経由とかうんぬんかんぬん言い出した。

同じ境遇になった仲間が6人。

日本人5人日本人の奥様がいるインド人1人。

6人だけ…。

これはもしや人数が少なくて採算とれないから欠航にしたな!!

エアインディアとはいえ、私たちにとっては最後だからと格安チケットよりも2万ずつも贅沢をしてとったチケット。

そんな勝手な都合で辛いフライトになるの耐えられない!!

結局夜の1時の便だ。10時にまたここにこいと。

謝りもしないしなんの保証もないわけ?

空港から出れもしないのに食事もなにも出ないの?
家族に電話できなきゃ心配するだろ! 電話かせ!

など、全力で抗議。

全く対応に誠意が見えないので、

「仕事だろ! プライドはないのか!」

とまで言う彼。

ほーんとヘラヘラ笑ってんのが腹立つんだよね。最後までさすがインド。

かなりパワーを使い怒り狂ったところ、イミグレ通過した後に指定されたレストランでご飯がもらえることに。
言ってみるもんだな(笑)

そしてさらに、家族に連絡できないじゃないか! 電話かせ!



(本来の2013年の日記はここまで、という中途半端なところで途絶えていて、1年後の私が追記した内容を以下に続けます)

「電話かせ!」
とまぁなんとも中途半端なところで私の日記は途絶えています。
8ヶ月間毎日続けた日記も、いざ帰国するとこんなもん…なんですね。

実際はあのあとなんとANAにのれることに!!

文句を言ったおかげでイミグレ後にごはんをタダでもらえただけでなく、
ANAの機内食が二食もでてきました!
そしてなんとなんとバレンタインということでチョコレートまで入ってた!

日本のサービスがしみるよ。
いちいちアナウンスが入ることだけでも新鮮で、手取り足取り具合が気持ち悪いくらい。

ブーブー言って電話も借りたので、無事親にも連絡できた私は、安心して日本に到着。
ここからお家までもちょっと大変。

電車が速い!
扉がしまるのが速い!
韓国語や中国語でまで案内が出ててびっくり!
1.2分の遅れでアナウンスがあって過保護すぎてびっくり!
彼の家のわんこに彼共々忘れられててワンワン吠えられる!

いちいちいろんなことにびっくり。

日本に適応するにはちょっぴり時間がかかりました。

自転車置き場で自転車出せずに苦しんでいても誰も助けてくれない…
インド人なら困っていそうだと何人も声をかけてくれるのに。

満員なのに完全に個人のテリトリーでバリアがはられて周りに関心のない車内。
インド人なら全く知らない人同士でも家族かと思うくらい和気藹々としているのに。

ちょっとしたひとつひとつのことに、敏感になる。
インドが恋しい。

日本のシャワーのお湯のきめ細やかさにはびっくり。
思わず、うぉぉぉぉ! って叫んだほど。
いいこともたくさんある。
ごはんはやっぱりおいしいし。

帰国から一年。
今はもうすっかり日本になじんでしまった。
笑顔も少なくなった。
楽しくないわけではない。
にこにこしなくなっただけだ。
海外にいるとなんで表情が豊かになるんだろう。
日本にいると楽しくてもなんで表情がとぼしくなってくるんだろう。
この違いはなんなんだろう。

この旅に行って本当によかった。
日本の見方も変わった。
自分の見方も変わった。
常識なんて常識じゃないことも分かった。
生き方は自分次第だってことも分かった。

はじめは泣いてばかりだったけれど、少しは強くなれた気がする。

ありがとうアジア、
ありがとうインド。

彼に、家族に、友達に、出会った人全てに、感謝です。

—From the present me


2013年の自分、2014年の自分、そして2026年の自分。
今はもう完全に日本に馴染んでいるけれど、当時の私より今の私の方がずっと笑顔が多い。
むしろ旅行中の写真を見て、あんなに表情豊かだった、と思っていたはずなのに、疲れた顔が多いな、と思ってしまった。

この時の経験は本当に大切でかけがえのないものだけど、今は今で、とても楽しい。むしろ、ちょっとしたことに楽しめるようになっている。
どこにいても自分次第だな、と思う。

8ヶ月毎日続けてきた旅の日記ブログが終わってしまった。
描き始めた時期と今ではその時想像もしていなかった未来を生きていて、「半年前に想像もしていなかった今を生きる」は自分が目標としていることでもある。

旅の終わりを迎えて心寂しい気持ちもあるけれど、またこの時期に振り返ることができてよかった。
最後までお読みいただいた方、時々読んでくださった方、ありがとうございました!!

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