このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
13-26.02.04『日本の「安心」は本当に安全?インドも日本も本当は同じ。』
さすがの彼も
「買い過ぎた!」
とは絶対反省していないものの、
「重過ぎた!」
と大変な思いをしたことは事実のブロンズ像ちゃんたちを郵送すべく郵便局へ。
ダンボール20キロ。重いのでリキシャを使うことに。
いつもの如く料金交渉。
往復で60ルピーで交渉成立!
と思いきや、たった2分くらい走って「チェーンがダメになった」
と他のリキシャに移れと。
明らかにチェーンは壊れていない。
これは面倒なことになりそうな予感。
多分このヒンディーしか話せないおじちゃんに嘘吹き込んで代わりに行かせたんだろう。
おっちゃんは最初のオヤジに20ルピーを渡す。
想像するに、往復60ではなく、「片道60(相場の倍額)でツーリストが引っかかった。お前にゆずってやるよ。」
みたいな感じ?
私たちも最初のおやじに、この人も60ルピーでいってくれるのよね?
と一応確認。
「大丈夫大丈夫! フレンドだから。」
と去って行くおやじ。
面倒なことにはなりそうだが仕方が無い。
郵便局へは無事到着。
降りると
「マネー!」
とおっちゃん。
ほら、往復ってわかってない。
まあ面倒なことは後で…
帰りもだよ。待っててねと行って郵便局へ。
郵便局の手続きは今までに比べて驚くほどスムーズ!
ツーリストと見るなりすぐに案内してくれ、「こことこことここに書いて! 重いな? スタチューか?」
以上は何も追求してこなかったし。(チェンナイでは、銅像なら領収書が必要だと新聞のパッキングまで開けて中を見られた!)
5分ほどで終了。インドとは思えない。
さらば重たいのたち!
リキシャのおっちゃんは、帰りは別の道を通ってくれ、
ローカルの家々が立ち並ぶ景色も見られてラッキー。
おっちゃんナイスセンス。
心なしかおっちゃんの足取りも軽い。
往復で120ルピーもらえる! ビッグマネー!
と思ってルンルンなのかなぁ。
フレンドというやつに騙されてかわいそう…。
でも私たちは60ルピーで交渉したんだから、ごめんだけどそれ以上払う気はないよ。
そして目的地到着。
60ルピーを渡す。
怒るおっちゃん。
ほらやっぱり。
でもヒンディーしかしゃべれないから説明のしようもない。
ほんと、ひどいよね。
私たちは60でお願いしたんだから、あなたのフレンドがだましたんだよ! フレンドに話すからそこまで一緒に来て!
と言ったらリキシャを動かし出したから通じたのかと思ったら、もっと向こうまで行けってことだと勘違いしていただけの様子…
騙したあいつももと居た場所にはいないし。
うーん困った。
困ったところに、入ってはいけないところにリキシャで乗り入れようとしてしまったのか、警察に止められたおっちゃん。
私たちは別にここで構わない!
とかなにやらもめていたら、増えていくとりまき。
オートリキシャの英語が話せるインド人が
「どうしたんだ!?」
と仲介に入ってくれた。
インドはなにやらもめていると、必ず
「どうしたんだ?!」
と仲介に入ってくれる人がいる。ありがたい。
事情を説明。
往復60ルピーは妥当な値段のようで、
60ルピー渡したならもうokだ、事情は分かったよ
と、ヒンディーしか話さないおっちゃんにも事情を説明してくれた。
助かった。
でもおっちゃんかわいそう…。
インド人同士も騙し合いの世界なんだなぁ。
旅行者側も、インドでは騙されるもんだと思っているから、常に少しは気を張っているし、いくら信用できそうな人でも、信用しきってはいけない。
値段もあってないようなものだから、
全ては自分の判断と交渉次第で妥当と思えたら買うのが1番。
疲れるは疲れるけど、最近ある意味日本のが怖いんじゃないかと思ってきた。
だって日本だと、騙されるかも! なんて常に気をはっていないから平和と思っているかもしれないけど、
ほんとに騙されていないのか?
安心安全と信じ切れることはある意味ラクだし幸せなことかもしれないけれど、本当に損をしていないのか?
考えたくないだけではないのか?
携帯の契約をするときに、私は特に考えたくないし、つけた方が安心って言われた保証パックにそのまま入ろうとした。
でも彼はそれ使わないでしょ、と必要最低限にカット。
確かに数百円の差ではあるけれど、月々の積み重ねで考えると結構な額の違いにはなる。
これは一例だけど、騙されてると思っていないだけで、言葉たくみに操られ、悪い気持ちにはならないものの、必要以上のお金を払っているということは日本では多い。
そして情報も同じ。
インドでは誰が言ってることが正しいかなんて分からない。
でも本当はそれは日本でも同じはず。
今は自分でも勉強して、保険いらないな、とか、安心のために無駄にお金払いすぎていたなと思っているしそういうことを発信してくれているコンテンツも増えているけれど、
当時それが当たり前だった頃は彼の意見は結構衝撃なことが多かったな。
あまり無駄なことに月々お金が出ていっているみたいなことがなかったから、貧乏だったけどなんとか暮らしていけていたのかもしれない。
「買い過ぎた!」
とは絶対反省していないものの、
「重過ぎた!」
と大変な思いをしたことは事実のブロンズ像ちゃんたちを郵送すべく郵便局へ。
ダンボール20キロ。重いのでリキシャを使うことに。
いつもの如く料金交渉。
往復で60ルピーで交渉成立!
と思いきや、たった2分くらい走って「チェーンがダメになった」
と他のリキシャに移れと。
明らかにチェーンは壊れていない。
これは面倒なことになりそうな予感。
多分このヒンディーしか話せないおじちゃんに嘘吹き込んで代わりに行かせたんだろう。
おっちゃんは最初のオヤジに20ルピーを渡す。
想像するに、往復60ではなく、「片道60(相場の倍額)でツーリストが引っかかった。お前にゆずってやるよ。」
みたいな感じ?
私たちも最初のおやじに、この人も60ルピーでいってくれるのよね?
と一応確認。
「大丈夫大丈夫! フレンドだから。」
と去って行くおやじ。
面倒なことにはなりそうだが仕方が無い。
郵便局へは無事到着。
降りると
「マネー!」
とおっちゃん。
ほら、往復ってわかってない。
まあ面倒なことは後で…
帰りもだよ。待っててねと行って郵便局へ。
郵便局の手続きは今までに比べて驚くほどスムーズ!
ツーリストと見るなりすぐに案内してくれ、「こことこことここに書いて! 重いな? スタチューか?」
以上は何も追求してこなかったし。(チェンナイでは、銅像なら領収書が必要だと新聞のパッキングまで開けて中を見られた!)
5分ほどで終了。インドとは思えない。
さらば重たいのたち!
リキシャのおっちゃんは、帰りは別の道を通ってくれ、
ローカルの家々が立ち並ぶ景色も見られてラッキー。
おっちゃんナイスセンス。
心なしかおっちゃんの足取りも軽い。
往復で120ルピーもらえる! ビッグマネー!
と思ってルンルンなのかなぁ。
フレンドというやつに騙されてかわいそう…。
でも私たちは60ルピーで交渉したんだから、ごめんだけどそれ以上払う気はないよ。
そして目的地到着。
60ルピーを渡す。
怒るおっちゃん。
ほらやっぱり。
でもヒンディーしかしゃべれないから説明のしようもない。
ほんと、ひどいよね。
私たちは60でお願いしたんだから、あなたのフレンドがだましたんだよ! フレンドに話すからそこまで一緒に来て!
と言ったらリキシャを動かし出したから通じたのかと思ったら、もっと向こうまで行けってことだと勘違いしていただけの様子…
騙したあいつももと居た場所にはいないし。
うーん困った。
困ったところに、入ってはいけないところにリキシャで乗り入れようとしてしまったのか、警察に止められたおっちゃん。
私たちは別にここで構わない!
とかなにやらもめていたら、増えていくとりまき。
オートリキシャの英語が話せるインド人が
「どうしたんだ!?」
と仲介に入ってくれた。
インドはなにやらもめていると、必ず
「どうしたんだ?!」
と仲介に入ってくれる人がいる。ありがたい。
事情を説明。
往復60ルピーは妥当な値段のようで、
60ルピー渡したならもうokだ、事情は分かったよ
と、ヒンディーしか話さないおっちゃんにも事情を説明してくれた。
助かった。
でもおっちゃんかわいそう…。
インド人同士も騙し合いの世界なんだなぁ。
旅行者側も、インドでは騙されるもんだと思っているから、常に少しは気を張っているし、いくら信用できそうな人でも、信用しきってはいけない。
値段もあってないようなものだから、
全ては自分の判断と交渉次第で妥当と思えたら買うのが1番。
疲れるは疲れるけど、最近ある意味日本のが怖いんじゃないかと思ってきた。
だって日本だと、騙されるかも! なんて常に気をはっていないから平和と思っているかもしれないけど、
ほんとに騙されていないのか?
安心安全と信じ切れることはある意味ラクだし幸せなことかもしれないけれど、本当に損をしていないのか?
考えたくないだけではないのか?
携帯の契約をするときに、私は特に考えたくないし、つけた方が安心って言われた保証パックにそのまま入ろうとした。
でも彼はそれ使わないでしょ、と必要最低限にカット。
確かに数百円の差ではあるけれど、月々の積み重ねで考えると結構な額の違いにはなる。
これは一例だけど、騙されてると思っていないだけで、言葉たくみに操られ、悪い気持ちにはならないものの、必要以上のお金を払っているということは日本では多い。
そして情報も同じ。
インドでは誰が言ってることが正しいかなんて分からない。
でも本当はそれは日本でも同じはず。
—From the present me
今は自分でも勉強して、保険いらないな、とか、安心のために無駄にお金払いすぎていたなと思っているしそういうことを発信してくれているコンテンツも増えているけれど、
当時それが当たり前だった頃は彼の意見は結構衝撃なことが多かったな。
あまり無駄なことに月々お金が出ていっているみたいなことがなかったから、貧乏だったけどなんとか暮らしていけていたのかもしれない。

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