このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
13-26.01.26『崩壊したインドのタイル。ネパールで感じた「秩序」』
ネパールにはまだ言葉もしゃべりたて、歩けるようになりたてのような子どもたちがいっぱい。
しかも人懐っこくてかわいい!
昨日なんて、レストランに入ろうとするなり
「ナマシュテー!」
と手も不器用にあわせながら言われた日には!
またくるよ!!
と思ってしまう(笑)
もう少し大きい幼稚園から小学校低学年くらいの子どもになると、英語がペラペラ。
店番をしていたこどもたちに、英語は分からないかと思って現地語(のつもり)で
いくら? と聞いたら、
「あ?(´・_・`)」
と言われ、英語で返答がきて唖然。
行きつけのローカル食堂の子どもたちも人懐っこく英語で質問してくる。
おばちゃんびっくりだよ。
子どもの吸収力はすごいね。
あと、ネパールは宿もインドの数倍きれい。
バスルームの壁のタイルなんかも、しっかり統一感がある。
インドのタイルは、途中まで秩序を保っているものの、タイルが足りなくなったのか適当に違う色のタイルで埋め合わせをされていたり、柄が逆さまでも全く気にしていなかったり、二個おきに柄が変わっていたのに途中から規則性が崩壊していたり。
タイル一つをとってもツッコミどころ満載なわけです。
ネパールは特にあえてつっこむところもないし、そこそこ快適なので、そうなってくるとだんだんそれが当たり前になって感謝することを忘れてしまう。
インドに戻れば、たくさんつっこむことになり、ネパールは良かった、となるんだろうけれど、またきっと日本に帰ったら、日本での暮らしが当たり前になって感謝を忘れてしまいそう。
今あるもの。今食べられるものに感謝をしなくては。
逆に日本では感謝はもちろんだけど、本当に必要なのか? 無駄に使いすぎていないか?
という問いかけも必要。
最低限のお金と、住むところと、食べるものと、少しの着るものがあればとりあえず生きていけるんだなぁ、ってことがわかったけれど、日本でそうやって生きていくのはなかなか難しい。
でも難しいと決めつけているのも自分自身。
どう暮らしていくか、も自分次第。
日本の常識の中で、良くも悪くもそういうもんだ、という以上のことは考えずに生きてきてしまった時間が長かった分、これからの人生どっちにころぶかも自分次第。
思考停止はラク。考えるのはタイヘン。
でもこれからは考えないと、正直命にも関わると思うし。きっとなにより楽しくないし。
まだまだ考えはじめたばかり。
考えないようにしてしまいがち。
未熟者だけど、レールの上をただ走ってきたような昔みたいな感覚はなくなった。
一回ぶっ壊したことで、ゆっくりでもいいからこれから作っていけばいいじゃん、と思えた。
もうすぐ帰国。
結局海外にいたって日本のことばかり気にしている私。
でも海外にきたことで、日本のいいところも悪いところも、国内にいる時より分かったことも多い。
タイルの話からずいぶん飛躍してしまったけれど(笑)
ずっと生きていくのは日本がいい。
でも日本でよしとされる考え方だけが生き方じゃないってことが分かって、それだけでも大収穫。
日本のタイルはきれいにそろってるんだろうなぁ…。
当時、日本どうなるんだろうとか、日本やばいみたいなことを考えてあれこれ都市伝説的なものやスピ系のものもよくみていた。
今はもう少し肩の力を抜いて眺めている。
人生60歳くらいまでで充分なんじゃないかな、と思っていたけれど、OSアップデートがあるんだろうな、という時代の真っ只中にいて、次の時代の景色を見てみたい気持ちも最近少し出てきている。
しかも人懐っこくてかわいい!
昨日なんて、レストランに入ろうとするなり
「ナマシュテー!」
と手も不器用にあわせながら言われた日には!
またくるよ!!
と思ってしまう(笑)
もう少し大きい幼稚園から小学校低学年くらいの子どもになると、英語がペラペラ。
店番をしていたこどもたちに、英語は分からないかと思って現地語(のつもり)で
いくら? と聞いたら、
「あ?(´・_・`)」
と言われ、英語で返答がきて唖然。
行きつけのローカル食堂の子どもたちも人懐っこく英語で質問してくる。
おばちゃんびっくりだよ。
子どもの吸収力はすごいね。
あと、ネパールは宿もインドの数倍きれい。
バスルームの壁のタイルなんかも、しっかり統一感がある。
インドのタイルは、途中まで秩序を保っているものの、タイルが足りなくなったのか適当に違う色のタイルで埋め合わせをされていたり、柄が逆さまでも全く気にしていなかったり、二個おきに柄が変わっていたのに途中から規則性が崩壊していたり。
タイル一つをとってもツッコミどころ満載なわけです。
ネパールは特にあえてつっこむところもないし、そこそこ快適なので、そうなってくるとだんだんそれが当たり前になって感謝することを忘れてしまう。
インドに戻れば、たくさんつっこむことになり、ネパールは良かった、となるんだろうけれど、またきっと日本に帰ったら、日本での暮らしが当たり前になって感謝を忘れてしまいそう。
今あるもの。今食べられるものに感謝をしなくては。
逆に日本では感謝はもちろんだけど、本当に必要なのか? 無駄に使いすぎていないか?
という問いかけも必要。
最低限のお金と、住むところと、食べるものと、少しの着るものがあればとりあえず生きていけるんだなぁ、ってことがわかったけれど、日本でそうやって生きていくのはなかなか難しい。
でも難しいと決めつけているのも自分自身。
どう暮らしていくか、も自分次第。
日本の常識の中で、良くも悪くもそういうもんだ、という以上のことは考えずに生きてきてしまった時間が長かった分、これからの人生どっちにころぶかも自分次第。
思考停止はラク。考えるのはタイヘン。
でもこれからは考えないと、正直命にも関わると思うし。きっとなにより楽しくないし。
まだまだ考えはじめたばかり。
考えないようにしてしまいがち。
未熟者だけど、レールの上をただ走ってきたような昔みたいな感覚はなくなった。
一回ぶっ壊したことで、ゆっくりでもいいからこれから作っていけばいいじゃん、と思えた。
もうすぐ帰国。
結局海外にいたって日本のことばかり気にしている私。
でも海外にきたことで、日本のいいところも悪いところも、国内にいる時より分かったことも多い。
タイルの話からずいぶん飛躍してしまったけれど(笑)
ずっと生きていくのは日本がいい。
でも日本でよしとされる考え方だけが生き方じゃないってことが分かって、それだけでも大収穫。
日本のタイルはきれいにそろってるんだろうなぁ…。
—From the present me
当時、日本どうなるんだろうとか、日本やばいみたいなことを考えてあれこれ都市伝説的なものやスピ系のものもよくみていた。
今はもう少し肩の力を抜いて眺めている。
人生60歳くらいまでで充分なんじゃないかな、と思っていたけれど、OSアップデートがあるんだろうな、という時代の真っ只中にいて、次の時代の景色を見てみたい気持ちも最近少し出てきている。
明日の日記はこちらに続く。


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