13-26.01.05『バスの発車待ち40分。ピーナッツ売りを見つめたゴーラクプル』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

13-26.01.05『バスの発車待ち40分。ピーナッツ売りを見つめたゴーラクプル』

ゴーラクプルへは四時間遅れで到着。
この霧じゃあ仕方がない、と思えるほど視界が悪い。
バラナシでは20時間遅れという人もいたから文句は言えない。

ゴーラクプルの宿は悲しくなるほど汚くて、でも多分いくつか回ったところでホテルのレベルは変わらないだろうと言う見た目のホテルしかなくて、あれこれ回るのは諦めた。

400ルピー…高いけど。

こうやってツーリストにとっては何処かへ行く拠点になるだけの街はこんなもんだ。
宿があるだけ感謝!

ただ、窓が閉まらないところがあって寒い。
部屋の中でも息白いのが悲しい。

それにやたら「ビール飲むか? 何か食べないのか? 飲まないのか?」と帰宅を見計らって訪問してくるのは、勘弁だけれど。

列車の遅れで、宿に荷物を置いた頃にはもう12時。
ブッダが亡くなった地とされているクシナガラに観光に行きたく、急いで支度をしてバスに乗り込むも、13時の時点でまだ、ゴーラクプル。

あれっ。

急いでバスに乗り込んだものの、一向に出発しないのだ。
もうほとんど座席もフルなのに。

おかげで窓から見えたピーナッツ売りのベテランじいちゃんの手際の良さに40分も見とれることに。
ピーナッツ…食べたかった。

目的のクシナガラはすぐ、見終わり、ブッダにお参りしたらすぐ帰る。

「うん、帰ろう。」

ってさばさばし出すくらい、少し寂れた感じだった。
寝ているブッダにチベタンのお坊さんがたくさんお参りしている様子とブッダは素敵だったけれど。

ゴーラクプルに戻り久しぶりのローカル飯。
久しぶりのターリー。

美味しいけど辛い。
かなり辛い。

私は以前身体中がカレーになってからというもの、ターリーをまだ、完全には克服しておらず、途中で脱落。
もうフルだからいらないよって言っているのに優しさで次々おかわりをくれる。

久々のこのローカル食堂の優しさ。
嬉しいけど、苦しい…

結局彼が私の分のチャパティも含め6枚のチャパティを食べてくれた。

すごい。
明日はお尻が辛そう。

—From the present me


行き当たりばったりのバックパッカー旅。
だらだら長居もできるし、観光にも行けるし、一日ぼーっとすることもできて、その中でもなんだかんだ前に進めている感じがしたのは、2人旅だったからな気もする。

12月末で最終出社を終え、仕事に行かなければという制限がない中、毎日行っていたルーティンをそのままきちんと行うことの難しさをすでに実感している。
同じ手順でやっているはずなのに、家を出る時間が決まっていないだけで、少しずつ時間が遅れていく。
ところどころに挟まる無駄の長さが増えていく。

家を出る、ということには結構なパワーが必要なのだな。
今までと同じようにやっていたらダメなのだ、と気づいたので何か対策を考えなくては。

明日の日記はこちらに続く

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