13-26.01.03『消えたリキシャのじいちゃん。言葉の壁とコミュニケーション』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

13-26.01.03『消えたリキシャのじいちゃん。言葉の壁とコミュニケーション』

今日はやっと動く気になり、駅まで電車のチケットを取りにいくという一仕事をするため重い腰をあげる。

ATMに行ってから駅に行きたかったのにリキシャの勧誘にきたじいちゃん。
すごく可愛いじいちゃんだったので、

「じゃあ待ってて!」

と日本語で彼。

英語も通じないしね。
日本語もつうじないだろうけど(笑)

って思ったら
「ここにいるからなぁ!」
みたいなジェスチャーをしてくれて。

通じてた!

でもATMから戻ってきたらいなかった。おい(笑)

しかも今日はオートリキシャのストらしく、道が空いていて快適。
オートのスト、たまには大歓迎。
きっと他のお客さんが見つかったんだろう。それならまあよし。

やっぱりオートよりジンリキシャがゆっくり景色も見られて好き。

—From the present me


言葉が通じない経験って日本にいるとなかなかできなくて、
本当は通じてなくても言語が一緒だと通じている気になってしまう。

通じているかな? と思いながらとるコミュニケーションと、
通じているだろう、と思いながらするコミュニケーションは全く違う。

繋がろうとする意識、同じ言語でも大事。

明日の日記はこちらに続く

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