このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。
12-25.12.19『ヨガは痛くても頑張るべき? リシケシで気づいた骨格の限界と身体の声』
今日も何も起きない日々。。。
なんだか昨日は身体が重くて、朝のヨガレッスンの後はずっと寝ていた。
急に身体を使いすぎたかな、とちょっと反省。
筋肉を作っていくためには痛くても多少無理をしていかないと強くは作られていかない。
それは分かる。
でも痛いけど無理してまでやる必要はあるのか?
どうしても骨格的に厳しいポーズもあるのでは?
とヨガに疑問を持ち始めた。
今日のレッスンでは無理をせずにゆっくりと、痛すぎるところまではしないでみた。
うん、やっぱりその方が気持ち良い。
どこの筋肉を伸ばすとか、どこに集中するとか、どこをまっすぐに、など、アーサナの狙いを外さない事は大事だけれど、やらかくなるために痛いけど頑張る、というのは必ずしも自分の身体にとって良いことばかりではないのでは。
痛いの種類もそれぞれ。
痛いけど、呼吸をうまく操ればもう少し伸ばせるものは伸ばした方がいい。
骨格からして痛いと感じるものは無理をしない方がいい。
身体に聞いてみてあんまりやりたくないアーサナはやらなくていいんじゃないかなぁ。なんて。
だから多分今日のレッスンはいつもよりやる気はないように見えたかも。
でもゆっくり身体に聞き分けてただけ。
猫が伸びをしている時みたいに、伸ばすと気持ちの良い伸ばし方でゆっくり身体の赴くままに伸ばして身体を整えている時の動きは多分すごく美しいのではないか、と思っている。
撮られているとなると意識が少なからず外に向いてしまうと思うから、完全に身体に耳を傾けながらその姿を録画することは難しい気がするけれど。
なんだか昨日は身体が重くて、朝のヨガレッスンの後はずっと寝ていた。
急に身体を使いすぎたかな、とちょっと反省。
筋肉を作っていくためには痛くても多少無理をしていかないと強くは作られていかない。
それは分かる。
でも痛いけど無理してまでやる必要はあるのか?
どうしても骨格的に厳しいポーズもあるのでは?
とヨガに疑問を持ち始めた。
今日のレッスンでは無理をせずにゆっくりと、痛すぎるところまではしないでみた。
うん、やっぱりその方が気持ち良い。
どこの筋肉を伸ばすとか、どこに集中するとか、どこをまっすぐに、など、アーサナの狙いを外さない事は大事だけれど、やらかくなるために痛いけど頑張る、というのは必ずしも自分の身体にとって良いことばかりではないのでは。
痛いの種類もそれぞれ。
痛いけど、呼吸をうまく操ればもう少し伸ばせるものは伸ばした方がいい。
骨格からして痛いと感じるものは無理をしない方がいい。
身体に聞いてみてあんまりやりたくないアーサナはやらなくていいんじゃないかなぁ。なんて。
だから多分今日のレッスンはいつもよりやる気はないように見えたかも。
でもゆっくり身体に聞き分けてただけ。
—From the present me
猫が伸びをしている時みたいに、伸ばすと気持ちの良い伸ばし方でゆっくり身体の赴くままに伸ばして身体を整えている時の動きは多分すごく美しいのではないか、と思っている。
撮られているとなると意識が少なからず外に向いてしまうと思うから、完全に身体に耳を傾けながらその姿を録画することは難しい気がするけれど。
明日の日記はこちらに続く。


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