12-25.10.16『タージマハルより記憶に残るじいちゃん』

旅のエッセイ
このエッセイは、13年前に書いた旅の日記を、現在の私が振り返りながら綴っている連載です。
当時の彼(いまは元夫)と一緒に出た、東南アジアからインドまでの貧乏バックパッカー旅。
あの頃の自分に、今の自分の言葉を重ねていくような、ふたつの時間をめぐる記録です。

12-25.10.16『タージマハルより記憶に残るじいちゃん』

博物館に行ってからアーグラへと発とうと思っていたのに、なにやらホリデーとのこと。
昨日もホリデーって言われたんだけどな。残念ながら博物館は断念。

マトゥラーからアーグラまではローカルバスで2時間弱。
乗り合わせた人が、「ここだ!」って教えてくれたところで降りたものの、タージマハル近辺まではまだ10キロ以上あるらしく、オートリキシャに交渉しても、 100ルピーでは応じてくれない。

「やだ。100ルピー。」
と言い続けていると、なにやら他のオートリキシャに100ルピーで行ってやれと声をかけている。

なんと運転手が子ども!

どう見ても中学生!
ひいき目に見ても高1!
助手みたいに乗っている子も弟でしょっていう小学生くらいの男の子。
怖い、怖すぎる…。

インドではこのくらいの子どもも一人前にしっかり仕事をしているから、見た目で判断はできない、とはいえ運転は怖い。
幼稚園生くらいの年の子がタバコを吸ってしけた顔して歯もヤニだらけだったりもするし。それは見ていて悲しくなる。
男の子が運転してくれたオートリキシャはかなり危なっかしかったけれど、なんとか無事到着。

荷物を置いて今度はアーグラー城へと人力のリキシャで向かう。
今度の運転手はおじいちゃん。
行きだけのつもりが、帰りも待っているとのこと。
いい人そうだし承諾。

行は良かったが帰りは上り坂
「わしゃあもうじいさんだから、上り坂は辛いんじゃよ。」
そう言われ、私だけ乗せて、彼は降りて坂道を歩かされる。
そして、ここからがじいちゃんの狙い。
お土産物屋さんに観光客を連れて行くだけでバックマージンがもらえるから、小遣い稼ぎを手伝ってくれないか、とのこと。
面倒ではあるけど、予定もないので承諾。
結局三軒回って一時間はつぶれた上にかなり疲れたけれど、リキシャ代安くしてくれたからアルバイトをしたと思えばいいかな。

私も彼も体調不良。
特に彼は悪化してしまって宿に戻るなりばたんきゅう。
アーグラーの街は長居したい感じもないし、明日はジャイプルに無事移動できると良いのだけれど。

—From the present me


リキシャのおじいちゃん、正直に小遣い稼ぎを手伝って、と言ってくれるところが好き。
このじいちゃんのアルバイトに協力したことはなんとなく覚えている。
タージマハルに行ったはずなのに、タージマハルの記憶がほぼない。
覚えているのは、入場料が、インド人の価格と観光客で数倍違ったこと。
これ、すごく素敵だなと思う。
自国民には国の財産として安く誰でも見られるようにして、観光客からは高くお金をもらう。
このスタンスはとても好きだ。

明日の日記はこちらに続く

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